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第ニ回 長野編
(2001年夏 7月)
まえがき
春に山梨に行った
(第一回 山梨、静岡、小田原篇参照)
のと、調度その頃群馬県に滞在していたこともあり、ちょっと三日くらいかけて長野方面に行ってみるかと画策していました。
土・日を使って
忍城
やら
高崎城
などにちょろちょろ行ったりしていたのですが、我慢が出来なくなり・・
そんな訳で第二回 信州方面篇です。
第ニ回目の重点ポイント
〜一日目〜 群馬(箕輪城跡)→長野(小諸城、池波正太郎真田太平記館、上田駅前、上田城跡、上田市立博物館、上田城櫓、真田氏居館跡、真田氏本城跡、長谷寺、真田温泉健康ランド)
長野氏四代の誇りを讃えるべく朝から意気揚々と進発しておりましたところ、午前中に
箕輪城
に到着し、駐車場に近い場所に大手
虎韜門
跡を発見。
虎韜門
石碑の文章を読むとネーミングは
六韜三略
からとったと書かれております。そして隣には箕輪城跡遊歩道案内図が。
鍛冶曲輪の石垣
遊歩道を登っていくと鍛冶曲輪の石垣があります。手入れされてナイ感がまたいい感じを醸しております。
三ノ丸門跡と石垣
そして三ノ丸門跡と石垣。三ノ丸は、往時は両側の石垣の上を渡した櫓があり、その下が通路になっていたらしいです。
箕輪城大堀切
さらに進むと大堀切の上に出ます。箕輪城はこの巨大な大堀切によって城は南北に分割され、写真中央の土橋で連絡されています。つまり城の機能が分断されていることにより、一方が落ちたとしても片方で戦闘を続けられる、このような構造を一城別郭式というそうです。(ちなみに大堀切の深さを計れる写真は撮ってナシ・・・)
郭馬出
土橋の南側にある郭馬出。高崎城の梅木郭は、この郭馬出を手本としたものであろうとのこと。
箕輪城復元想像図
箕輪城復元想像図だそうです。この絵でみると、南北に分断されている様子が更によく分かります。ちなみに右にいくとトイレ。
二の丸跡
本丸が持久防御の要であるのに対し、二ノ丸は攻撃拠点となっていたそうです。東は搦手口へ、西は白川口、大手方面へ、南は大堀切土橋から木俣方面へ四方へ出撃できるようになっているとのこと。
搦手口
箕輪城は時代(長野氏時代→井伊氏時代)とともに大手口、搦手口が入れ替わっており、前出の虎韜門は
長野業政
・
業盛
の時代は搦手であり、下写真の搦手口が大手口として使われていたということです。箕輪城は遺構の素晴らしさのみならずいろいろと勉強になるのです。
本丸馬出し
本丸の手前に本丸門馬出しがあります。(この写真の手前になるようですが・・)
箕輪城跡之碑
本丸に到着すると、城跡の碑があります。本当はこの左側に歴史についてかかれた碑があるのですが、写真ではバッチリ反射しておりました。。。
本丸跡
こちらが本丸跡です。
御前曲輪
本丸の一部である御前曲輪には持佛堂があり、箕輪城落城の際に業盛が自刃した場所です。箕輪城の精神的中心であったとのこと。本丸の同一平面上に天守があったとも考えられているらしい。付近には井戸もあります。また、西南には櫓があったと考えられているそうな。
箕輪城の遺構の素晴らしさに感動しながら、(観光用に大規模整備されていないところが非常に良い。自分が行ったときはまだ発掘中の箇所もありました。)
中仙道
を西進し、
小諸城
へ。
小諸城は
懐古園
という城址公園となっており、小諸駅のすぐ隣に位置している。大手門は三ノ門(懐古園入り口)からちょっと道路はさんで向かいの場所にあります。
小諸城大手門
小諸城大手門(瓦門)は、
仙石秀久
が築いたものらしいです。
小諸城三ノ門
小諸城は城下町よりも低い穴城で、全国的にも珍しいとのこと。実際に大手門より三ノ門(懐古園の入り口)は低い場所にあるし、門に近づくにつれどんどん下っていく感じなのです。(右上は指が写りこんで・・)
三ノ門を入るとすぐに二ノ丸跡がありますが、ここは歴史上有名なあのエピソードと関わりがあるのです。天下分け目の
関ヶ原合戦
の直前、
徳川秀忠
が真田親子により上田で足留めされた際、秀忠はこの場所に逗留していたとのこと。
また、本丸跡には
山本勘助
が愛用したと伝えられる鏡石がありました。(一説には隕石だそうな)
園内には遊園地や動物園が併設されていますので、家族連れでも楽しめそうな感じです。
真田幸村騎馬像
小諸から上田へ向って進むと、上田駅に行く途中に
池波正太郎
真田太平記館があります。シアターでは真田太平記中の上田攻めの部分が切り絵で再現されています。写真は上田駅前の
真田幸村
騎馬像。
池波正太郎真田太平記館
■開館時間:10時〜18時
■休館日:水曜日(水曜が祝日の時は開館、8〜10月は無休だそうです)
■観覧料:大人300円、学生200円、中学生以下100円
上田城櫓門
上田駅から
上田城
へ。写真は東虎口櫓門(復元)です。ここから本丸へと進入します。
上田城内
中には真田神社があり、
真田昌幸
、幸村親子が主神として奉られております。社の隣には城内唯一の大井戸、真田井戸が。
また上田城では、鬼門に当たる丑寅方向では鬼門除けとして土塁の隅がえぐられているという特色があります。
上田市立博物館・上田城櫓・山本鼎記念館
■開館時間:8時30分〜17時
■休館日:水曜日、祝日の翌日、年末年始(8月〜10月は無休らしいです)
■入館料:一般:250円、学生:180円、中学生以下:60円
上田城向かいの観光会館にはイロイロと土産が売ってました。
@ 箱に十勇士の名前が書かれている山三酒造さんの日本酒「さなだろくもんせん」を購入。
Aワンポイント六文銭TシャツをGET。
B十勇士手ぬぐい(2種類)、幸村てぬぐいをゲト。
上田から北東方面へ進み真田町へ向う。
真田氏居館跡
上田城の施設とお土産をいろいろ買ってたら、随分日が落ちてきてました。
真田氏居館跡
へ。右は真田昌幸が上田に移る際に建てたといわれる皇大神宮。
真田氏本城跡
居館跡からほど近い場所にある
真田氏本城跡
へ。ここは上田築城以前の真田の本拠であったと考えられている場所だそうな。上田城が出来る以前は居館からここへ通いだったんでしょうな。真田氏本城の郭では、両サイド切りっぱなしの法面で見晴らしが良いので思わず三郭の端っこまで続く緩やかな傾斜を走りたくなります。(ちょっと駈けちゃった記憶が・・)
真田幸隆夫妻・昌幸の墓
もうあたりは暗くなってきておりましたが、
長谷寺
の
真田幸隆
夫妻及び昌幸の墓。
初日はここまでということで、
信綱寺
付近にある真田温泉健康ランド・ふれあいさなだ館へ。
■営業時間:10時〜21時30分
■休業日:火曜日(定休日が祝日の場合は翌日休みとのこと)
■入浴料:大人:400円、中学生以下:300円
〜ニ日目〜 長野(信綱寺、真田氏居館跡(歴史館)、海津城跡、真田邸、真田宝物館、浄福寺、川中島、典厩寺、山本勘助の墓(犀川土手)、明徳寺、アルプス安曇野ほりがねの里(道の駅))
朝一で信綱寺へ。
駐車場から歩いていると、朝陽が射す遊歩道が綺麗に見えたので。
信綱寺の手前には、
歴史の丘
というモニュメントがなにやら並んでおります。
信綱寺・歴史の丘
一番上は歴史の丘の恐らくは中心部から信綱寺方面を向いて撮ったもの。
水の流れや並び順が、真田氏にまつわる歴史を表現しているそうです。(中央の溝を流れる水が時間軸となっているそうな。)
水の流れに沿って?(だったと思います)黒いブロックがおいてあるなー。と思って見たら、真田氏の関連人物の花押が彫られていました。信綱、昌輝、幸隆や、家康、秀吉のものもありました。
信綱寺
信綱寺正面。
真田信綱
は幸隆の長男で昌幸の兄貴ですね。弟・昌輝(次男)と共に
長篠
で討死したのです。
真田信綱夫妻之墓
真田信綱
夫妻の墓。
信綱寺からちょっと戻って居館跡へ。前日は時間が過ぎていて入れなかった
真田氏歴史館
へ行く為です。展示されていたなかでは錦絵がかっこよかったなぁという印象が残ってます。
真田氏歴史館
■開館時間:9時〜16時
■休館日:火曜日、年末年始
■入館料:一般:200円、中学生以下:100円
ひととおり拝観し、北国街道を北上、いざ
海津城
へ。
海津城のすぐ近くには
真田邸
・
真田宝物館
もあります。
真田邸
真田邸は江戸期の松代藩主・
真田幸教
が建てたもので、敷地に入って庭園や蔵、武家屋敷を見学できます。
真田邸・真田宝物館
■開館時間:9時〜16時30分
■休館日:火曜日(祝日除く)
■入館料:一般:350円、中学生以下:140円(※真田邸は無料)
※真田邸は現在工事中のようです:工事期間(H17年9月1日〜平成22年3月末日)
海津城
海津城に訪れた2001年当時は復元工事中(2004年に完成したようです)でした。現在は公園として整備され、門や石垣、堀、土塁が再現されているそうです。
当時は写真のような状態で、石垣はありましたが空掘で、城址の碑が建っているくらいでした。本丸内部もブルーシートがかかっている場所があったかも。
須田満親之墓
海津城付近の
浄福寺
にある、
須田満親
の墓。
須田満親も武田滅亡後、
上杉景勝
時代に景勝会津転封まで海津城主をつとめておりました。
海津城から
八幡原
方面へ向かい、
典厩寺
へ。
典厩寺
典厩寺は第四回
川中島
合戦の際、信玄の弟・
典厩信繁
がこの付近で最期を遂げ、境内に葬られたことから由来するそうです。(もともとは典厩寺という名前ではなかったそうです)境内には典厩信繁の墓、懐古の碑、信玄の愛石、謙信の力石、首きよめの井戸等があります。
また、川中島合戦記念館、閻魔堂があるのですが、閻魔様の像は日本一大きいものらしいです。
記念館内には家紋瓦やら鉄扇やら、いろいろと置かれております。
ぼろぼろに朽ち果てそうな
甲陽軍艦
がありました。
典厩寺
■開館時間:8時30分〜17時
■休館日:無休
■入館料:一般:200円
典厩寺から川中島古戦場へ。
川中島古戦場
八幡原は現在公園になっており、三太刀七太刀の像、碑が据えられております。
銅像を見ると、まさに龍虎対峙する迫力が出ておりますね。
写真左下の石は執念の石と呼ばれています。
「一騎討ちのとき、信玄方の仲間頭、原大隈がとっさに信玄の脇にあった青貝の柄の槍をとり、謙信を突こうとしたがはずして馬を打ったので、謙信の馬が駆け出し、一騎討ちの幕切れとなった。謙信を打ちもらした原大隈は無念やる方なくかたわらにあった石を突きとおしたという。」(看板説明ヨリ)
売店でいろいろ物色したのち、
千曲川
を渡って山本勘助の墓へ。
山本勘助の墓
川べりにポツンとあるのですが、大体の場所が分かった上でないと見つけづらいかもしれません。
そして、勘助の墓から土手の反対側にある
大鋒寺
へ。
大鋒寺
右写真の門の奥に、
真田信之
の墓があります。また、左写真は大鋒寺境内にあったもの。
その後、
高坂昌信
の墓を探して
明徳寺
へ向うのですが・・・下調べがなっておらず、戸倉の方にある明徳寺に行ってしまいました。それらしきものがないなーと思って聞いてみたところ、こっちじゃないですよと。流石、
逃げ弾正
・・・(自分が正直ポカしただけですが・・)と、思いながら長野市へ戻ります。
明徳寺
左が弾正の墓。そして高坂家臣の小池主計の墓もありました。
寺を行き来しておるうちに大分日が暮れてきておりました。
二日目の探訪も終え、更埴市(現・千曲市)の稲荷山温泉につかり、千曲高原を抜けて松本の西にある道の駅、
アルプス安曇野ほりがねの里
へ向います。
〜三日目〜 長野(松本城、諏訪大社)
朝一で
松本城
。5重6階、黒漆塗りの大天守は落ち着いた気品に満ちております。
流石は現存する国宝城郭ですなー。
松本城
最上段右が
太鼓門
、ニ段目左が
一の門
です。一番下は帰り際、南東方向からの天守ショット。 松本城は自分が訪れた初の現存城郭だったのですが、その中に入れるってーのは、まさに感動ってやつでした。しかし、城内は人で埋まっているので感慨に耽る雰囲気じゃなかったですが・・
松本城
■開館時間:8時30分〜17時(GW、夏季期間は18時まで)
■定休日:12月29日〜1月3日
■閲覧料:一般:600円、中学生以下:300円
松本城を堪能し、一応は今回の予定終了だったので、南進して
諏訪湖
方面へ向う。
諏訪大社下社春宮
諏訪大社下社春宮
で一旦停車し、昼食。
振り返ってみると、信州地方は錦絵が良く展示されていた印象がありました。
やっぱし、錦絵とか切り絵とかってのはカッコイイなーと。改めて。
その後は中山道を北東方面に向かい、やはり3日じゃこんなもんだナー、と思いつつ次回の道程を思案しながら帰途につくのでした。。
第三回目
東海・中部方面編
へつづく・・・
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