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まえがき
夏の盛りに一人旅、、今回は2001年夏のアツい思い出を書いております。
やっぱし供連れもいいけれど、一層悠々自適に行動したいナァーということで一人クルマ旅行を決行したのが2001年夏でした。
東北に戻る間際のラストチャンスでもあったし、場所が近いうちに行っとこうというのもありましたが。。
というわけで、
武田信玄西上
の夢を追う、
第三回 東海・中部地方篇
になります。
第三回目の重点ポイント
〜一日目〜 静岡(小山城、高天神城
、川根温泉(道の駅))
昼前に
熊谷
あたりから出発し、407号線を南下し入間から16号線に乗る。
そこから八王子街道→246号線ってルートで東海道へ。
ホントに、ここまで南下すんのも一苦労ってやつですね。 昼間はさー。とか、独り言もありながらひたすら走る。
そして
駿府
の地も横目にしながら、まず最初目指していたのは
大東町
(2005年に
掛川市
と合併したようです)にある
高天神城
です。
もう、このあたりから西側にある拠点は
武田家
の悲願である上洛への道程から終焉に至るまで、歴史の舞台となった場所。
エピソードには事欠かない場所ばかりですので、
駿府城
を抜けたあたりから、もう気分が高揚しまくっていたのを思い出します。
高天神城
を目指すのに、ちょっと海沿いの方を走ろうと150号線に乗ったところ、なにやら城が見える・・・
というわけで、思いもよらず
小山城
を発見したのでした。
こういうサプライズも旅の醍醐味でありますが、初っ端からってやつですね。
(左)三日月堀から模擬天守。/(右)模擬天守の入り口から。下から見るとこんな感じ。
なにやらここにも勘介井戸が・・・ ※看板のみ撮影、、井戸跡だったような。
はっきりいって小山城のことは全くノーマークであり、良く知らなかったのですが、施設もあるようだしこの機会に勉強しようと。
勢い良く登ったところが…まぁ、案の定月曜定休で入れませんでしたが・・・
立て看板を見てみる。
元亀二年は、
北条
と同盟した
信玄
が本格的に
西上
準備にかかり、
三河
の牽制をしてた時期です。
小山城 展望台施設・史料展示室
■開館時間:9時〜16時
■休館日:月曜日(月曜が祝日の時は翌日休)
■観覧料:大人200円、小人100円
■駐車場:無料 200台
施設に入れなかったのと、先は長いというのでそうそうに
小山城
を退去。
そして、
高天神城
を目指す途上でまたもや発見。
説明書きを見ると、天正二年(1574年)
勝頼
が軍を進めて休憩した所とあり、
うたたねの松
と名付けられているようです。
ちょっと正確な場所は忘れてしまいましたが、
高天神城
から東方面にある学校付近だったような・・・
そしてもうひとつ。
天正二年
武田勝頼
が
高天神城
攻めの折、ここに惣勢の本陣を置く、と書かれております。
こちらもうたたねの松付近だったような・・・
いろいろと発見がありながら、
高天神城
へやっと到着した頃にはもう夕方になっておりました。
日が落ちないうちにと、ダッシュで駆け上っていった記憶が・・
高天神城
跡の碑。もうすっかり夜。。。
高天神城
本丸址です。
じつは最初城内に突入したときはまだ日が暮れかけだったのですが、焦りがあったせいか写真を撮り忘れていたことを坂道を下り際に気づき、またダッシュで戻って撮ってきたのでした。
過去にも時間の関係で、城攻めしてるうちに日が暮れたり、お墓で日が暮れたりしたことはありましたが、周りが閑静な
山城
でもあるせいなのか、それとも過去に幾度となく行われた血で血を洗う戦のせいなのか。
日が落ちた後の
高天神城
は、ちょっとはやく退散したい気持ちになりました。。。
次の日は朝から
掛川城
というのは決めましたが、地図を見ても周りに道の駅が見つからない。。
適当に付近を探索しておりましたが、時間もたっぷりあるし、もうちょっと地図を広げてみるかと。
1号線をちょっと東に進んで大井川沿いに北上するところ、
川根温泉
という道の駅を発見。
朝一の目的地から2,30キロなんて、たいした距離でもないので、一日目は
川根温泉
で就寝。
〜ニ日目〜 静岡(掛川城、二俣城、三方ヶ原古戦場、浜松城、龍潭寺)→愛知(長篠、鳳来三河三石(道の駅))
NHK大河でおなじみ。
山内一豊
の
掛川城
へ朝一で。
自分が訪れた時は2001年だったので当然街の中心に天守がそびえておりましたですが、
掛川城天守
は1994年の復元だそうです。
掛川城
の東南方向、クルマを停めた場所の付近に
大手門
が。
掛川城
は、日本初の本格
木造天守
として復元されたというのがウリです。
美しさにこだわったというだけあって、実際、綺麗なものです。
城内に入ると、ミニ
山内一豊
像が飾られてました。
登城口から
掛川城
天守を臨む。
天守の他にも、御殿や二の丸美術館、茶室といった施設があります。
二の丸御殿は江戸期の現存であるとのこと。
掛川城天守閣
■開館時間:9時〜17時(入館は16時30分まで)(2月1日〜10月31日)
9時〜16時30分(入館は16時まで)(11月1日〜1月31日)
■休館日:年末年始(12月30日から1月1日まで)
■入館料:大人300円、中学生以下150円(天守閣・御殿)
大人400円、中学生以下200円(掛川城・二の丸美術館のセット券)
掛川城御殿
■開館時間:9時〜17時(入館は16時30分まで)(3月1日〜11月31日)
9時〜16時30分(入館は16時まで)(11月21日〜2月末日)
■休館日:年末年始(12月30日から翌年1月1日まで)
■入館料:大人300円、中学生以下150円(天守閣・御殿)
大人400円、中学生以下200円(掛川城・二の丸美術館のセット券)
二の丸美術館
■開館時間:9時〜17時(入館は16時30分まで)
■休館日:月曜日(祝日は開館)、祝日の翌日、展示替え期間、 年末年始(12月28日から翌年1月3日まで)
■入館料:大人200円、中学生以下100円
二の丸茶室
■開館時間:9時30分〜17時(入館は16時30分まで)
■休館日:第4月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12月29日〜1月3日)
■入館料:一般500円、中学生以下250円(※呈茶サービス含む)
掛川城
でお茶は飲みませんでしたが、次の目的地は
徳川信康
の
二俣城
と決め、県道伝いに
西上
致します。
本丸天守台。
二俣城
では、かの有名な悲しいエピソードがありますね。。。
武田への内通疑惑をかけられた
家康
の正妻・
築山殿
と嫡子である
信康
が、
信長
の指図によって切腹を命じられ、信康が自刃したと。
その
信康
の墓が
二俣城
付近の
清瀧寺
にあります。
こちらの井戸櫓は昭和37年に再建されたものだそうですが、
二俣城
廃城の際、井戸櫓がこの
清瀧寺
に移築されたそうです。
二俣城
といえば、井戸櫓から釣瓶で
天竜川
の水を汲んで、、、という武田軍
二俣城
攻めのハナシも有名ですね。
信康
廟入り口。
信康に殉死した
吉良於初
、当時の
二俣城
主
大久保忠世
、
三方ヶ原
で討死した
中根平左衛門正照
、
青木又四郎吉継
の墓(
清瀧寺
)
信康
廟の門。
清瀧寺
内。
信康
公を偲ぶ沢山の方々によって守り続けられているという印象の
清瀧寺
でありました。
二俣城
の次は、当然
浜松
方面に向かいます、いざ
三方ヶ原
古戦場へ。
嗚呼、この付近で
神君
が馬上で脱糞しながら逃げ帰ったのかや。と、しばし夢想しながら、次はその
家康
が逃げ帰った
浜松城
へ。
『これは四百年前の家康築城の頃の面影を残す貴重な石垣です。登ったり石を引き抜くことは絶対にしないで下さい。(浜松市)』
とのこと。
浜松城
内にある、『若き日の徳川家康公像』です。
浜松城
■開館時間:8時30分〜16時30分
■休館日:12月29日・30日・31日
■入館料:大人150円、中学生以下無料
浜松城
、、、中学生以下無料というのがウレシイですねぇー。
自分が行った2001年当時は中学生100円、小学生50円だったのですが、無料となったようです。
また、浜松駅から
浜松城
までの街灯の最上には、
家康
兜印の「羊歯(しだ)」があり、この羊歯印に沿って行くと
浜松城
に辿り着くことができます。(
浜松城
公式HPより)
羊歯は若き日の
家康
像が右手に持ってる印デス。
城内の展示室には、当然のように
歯朶具足
がございます。
また、イケてる
徳川十六神将
の掛軸も。
さて、次に向かうは
野田城
、
長篠
方面となりますが、その途上に
井伊家
の地元、
井伊谷
がありますので、由来のあるらしい
龍潭寺
へ立ち寄ります。
井伊家
累代の墓はもちろんのこと、実は東海一と謳われる庭園を擁する寺社でありました。
また、
左甚五郎
作と伝えられる鴬張りの廊下や龍の彫刻があります。
龍潭寺
■開館時間:9時30分〜16時30分
■拝観料:大人400円、中学生以下150円
その後国道257を北進すれば、もう
長篠
で御座います。
長篠
といえば、
織田信長
という天才によって日本における
火縄銃
の戦術的価値が急激に高められた場所でもあり、また数多の英傑が散った場所であります。
なにしろ、
横山マンガ
に始まり某歴史SLGというお決まりの洗礼を受けた身としては、まさしく男の星座と云うにふさわしいキラ星の如き武田のスター軍団が、これまた鬼才が放つ超新星のビッグバンとも云うべき
火縄
の威力によって、この
長篠
という土地に最期の生命の花火を散らせ、まさしく流星の如く世を去っていったという、その歴史的背景の密度の濃さが、いつの日か絶対に、行って見ておかなくては。という想いを募らせていたのです。
そして遂にその時がやってまいりました。
鳳来三河三石
の
道の駅
側(国道257)から国道151に乗って西に走っていくと、左手に
長篠城址
が見えてきます。
長篠城址
には施設もありました。 が、こちらの
長篠城史跡保存館
もあいにく休館日。。
それはそれとして、時間も気になっていたので戦場を見に行くことに。
なにしろ、この日は朝一
掛川城
から数えて6ヵ所目でしたので、賞味あと1時間くらいあるかという時間だったのです。
長篠城
を出て西進し、のどかなローカル線の風景と並走しながら目を凝らして案内板を探します。
すぐに発見した案内に従って踏み切りを渡っていくと。。。
いきなり発見しました!
甘利郷左衛門尉信康
の碑。
そして傍らには設楽原古戦場いろはかるたがッ!!・・・しかし、写真では切れております。。。
●を 雄々しくも立ち腹さばく甘利信康
そして、
西側にある連吾川の向こうに馬防柵を発見!!
そうです。この小さな
連吾川
を挟んで対峙したのですねぇ、と馬防柵を見にいった付近に土屋昌次戦死の碑も発見ッ!!
●つ
土屋昌次
柵にとりつき大音声 でございますよ。
なんというか、
土屋昌次
が
馬防柵
にとりついている様を思わずにはおれません。
設楽原
をまもる会の皆さんどうもありがとうございます。
ということを思いつつテンションぶち上がりだったのは云うまでもありません。。
クルマで進入していった辻で、甘利
郷左衛門尉信康
の碑を発見したのですが、徒歩で周囲を探索してみれば、なんとまぁ、至るところに立て札やら石碑やら、なにより東側に丘を登ればこちらにも施設(
設楽原歴史資料館
)があるではないですか!
しかも設楽原歴史資料館はちょっと、小奇麗な、立派な建物でした。
これはもう、とてもじゃないけど廻りきれないし、
史跡保存館
も入れるしってことで、翌朝一からしきりなおしのコース確定。
というわけで、すぐ近くにあった
鳳来三河三石
の
道の駅
に泊まることも必然的に確定したのでした。
日が暮れてきたのでその日のお湯を探すと、温泉場も付近にありました。
鳳来ゆ〜ゆ〜ありいな
で湯に浸かり、
鳳来三河三石
で就寝です。
鳳来ゆ〜ゆ〜ありいな
■営業時間:10時00分〜21時00分
■休業日:火曜(祝日の場合は翌日休)
■入浴料:大人600円、小学生300円
〜三日目〜 愛知(鳳来三河三石(道の駅)→長篠→野田城)
三日目、起床して洗面支度。
この辺りも結構自然に囲まれており、朝は清清しかった思い出が。
旅行しているとき独特の楽しみというか、朝一で山城なんかに登っていって、朝っぱらから汗なんかかいたりするんだけれども、周囲の自然から漂ってくる朝の匂いが堪らなくイイ。
そして、本丸から景色を眺めながら一服するってのも非常に楽しみなのです。
ハミガキしながら道の駅の立て看板を読んでみると、隣接している
満光寺
の逸話が。
なにやら、武田軍に追われた若き日の
徳川家康
が、この寺に宿をとり朝鶏がいつもより早く鳴いたため武田軍の朝駆けを免れたという逸話が伝わる寺。 とのことでした。
支度を整え、まずは施設廻りからといきたいところでしたが、9:00〜らしいのでちょいと周囲の散策から。
設楽原歴史資料館
の駐車場から北側、すぐ目の前に
天王山
(
内藤昌豊
陣地)、
信玄塚
があります。
天王山
には
武田四名臣
の一である
内藤修理
の碑が。
また、その付近には
鬼美濃
と謳われた
原虎胤
の実子にて
横田備中高松
の名跡を継いだ
横田綱松
の墓もあります。
また、後方にある本陣から
勝頼
が出張ってきて修理とともに指揮をとった場所らしいです。
また南側に戦没者供養の為の
信玄塚
があります。
戦死者の多かったと云われる激烈を極めた戦闘で、約6000人の死者が出たと云われておりますが、周囲至るところに石碑が建っている様を見れば、この武田方戦陣地の丘陵全てが墳墓なわけだと痛感します。(写真は
長篠合戦陣歿者供養塔
)
しかし、当時既に亡くなっていたにも関わらず
信玄塚
という名称が付けられているということは、イメージとして武田軍=
信玄
という認識が強かったためなのでしょうか。
信玄塚
から南に見える畑(?だったような)の脇の畦道を、案内札に従い歩いていくと、林の中には
原隼人佐昌胤
の碑、そして元祖
赤備え
にして個人的にイケてる度MAXの
山縣三郎兵衛尉昌景
の碑であります。
また、
昌景
の墓に並んで
山縣甚太郎昌次
、
従士名取又左エ門道忠
らの墓も。
信玄塚
周辺に
小幡上総介信貞之墓
と小さい
山縣昌景
の墓。
小幡上総介信貞
は一説としてはここで死んだというハナシもあるそうです。
また、
山県昌景
の墓に関しては、以前はコチラだったのかどうなのか分かりません。
信玄塚から東側に降ると
首洗池
があります。
また、、野放し的な。
そんなこんなで、ちょっと周辺を歩いただけでも一喜一憂していたので既に日は大分昇っており、ひとまず
設楽原歴史資料館
へ向かうことに。
資料館では
火縄銃
や地元のまつりである
火おんどり
の紹介等もありました。
そしてここで
設楽原
布陣図(原本 長篠日記宗堅寺本)を入手。(いくらだったか忘れた・・)
設楽原歴史資料館
■開館時間:9時00分〜17時30分(冬季は17時)
■休業日:月曜(祝日の場合は翌日休)、年末年始
■入館料:一般300円、小学校4年生以上中学生100円
※小学3年生以下無料ってのもなかなかうれしいすなぁ。
そして今度は
長篠城址史跡保存館
へ。
こちらではいろいろと史料が販売されており、本当は全部欲しかったのですが、なにしろ本当に貧乏旅行でございましたのでそれもかなわず・・
山県昌景
公とその子孫という小冊子(たしか300円だったような・・)のみを購入。無念ナリ。(他にも内藤修理の本とかいろいろあった記憶が。)
長篠城址史跡保存館
■開館時間:9時00分〜17時00分(入館は16時30分迄)
■休業日:火曜、12月29日から1月3日まで
■入館料:高校生以上210円、小・中学生100円
長篠城址
より西方、民家付近(?だったような・・)にある
馬場信春
殿戦忠死之碑。
不死身の鬼美濃
の最期、戦死の地は甲府へ逃れる
勝頼
の殿軍を務めたわけですし北東方面にあるのですが、こちらは首塚といわれる場所だそうです。
ここから
医王寺
へ。
医王寺
は
長篠城
攻めに際に本陣が置かれた場所だそうです。
また、左上写真は付近にあった
山縣三郎兵衛
息継ぎの井戸です。
口伝とのこと。
と、ここまで巡っているうちに、またもお天道様がさよならしそうになっておりました。
結局一日中長篠にいたのにも関わらず、全然廻りきれていない現実。。。
皆さんも、
長篠
探訪の際はそのボリュームにお気をつけくださいまし。
ここでちょっと現実に戻り、先(今後の日程)のことを考えることに。。
『現在3日目であり、その3日目というのももうじき終了するわけで、4日目には此処ココには行っておきたいし、あれこれ。』
と、アタマを巡らせておったのですが、
『流石に全部まわりきれなかった訳だけれども明日もここにおってはならんのではないか。また来りゃいいしネ。』
と、切り替えることにしました。
そして、次の行き先を
岡崎城
へと決めたのですが、
岡崎城
周辺は道の駅がないのでやっぱり今夜も
満光寺
に泊まり決定(二連荘)と。
それから、通勤時間帯に国道走って混んだらやだナーとも思ったので、日が暮れる前に
野田城
に行ってみることにしました。
国道151号線を西へ数キロ走ったあたりに案内看板発見!、、、したのですが、どうやらこの藪の中に城址があるようだなーと。いった感じで、正しい登城ルートが良く分かりませんでした。
道路の傍らにクルマを停めて、日も暮れてきたので藪の中へとりあえずは突入!
掻き分け進んでしばらくすると、なんとなく敷石のような、階段のような感じになっている箇所を発見したのです。
もともと薄暗い藪のなかではありますが、上空を見上げても、もうすでに黄昏→夕闇へと色が変化しておる中、それでも突き進んでいきやっとのことで城址碑を発見したのでした。
日が暮れたのでさぁ帰ろうってことで、 またも
鳳来ゆ〜ゆ〜ありいな
へ。
昨日の今日って馴れた感じで受付して入浴。
そしてまさしく自分の本陣となってしまった
鳳来三河三石
道の駅に帰投。
〜四日目〜 愛知(鳳来三河三石(道の駅)→岡崎城→桶狭間古戦場→熱田神宮→名古屋城→中村公園→清洲城)→岐阜(織部の里・もとす(道の駅))
朝一で
岡崎城
。
駐車場が良く分からなかったので付近の有料Pに停車する。
※
岡崎城
のパンフレットでは、岡崎公園駐車場、岡崎公園北駐車場(双方有料)が付近にあるようです。
岡崎城
は徳川家の出発点となった場所であり、
家康
出生の城として有名ですね。
ちなみに天守は昭和34年の復元だそうです。
まずはいきなり大手門に
厭離穢土欣求浄土
の旗がなびいていたのでたまらずテンションUPしました。
その大手門をくぐると、なにやら目立つ
鹿角脇立
を被り
蜻蛉切
を小脇に抱えた
本多平八郎忠勝
の像が。
城内の歴史資料館から。
能舞台
や、東照公産湯の井戸もあります。
岡崎城
■開館時間:9時00分〜17時00分(入館は16時30分迄)
■休業日:年末年始(12月29日から1月1日迄)
■入館料:中学生以上200円、5歳以上100円
城内の歴史資料館の他、
三河武士のやかた家康館
という施設もあり、ビデオやジオラマ等が盛り沢山だった記憶があります。
三河武士のやかたでは、家臣団についても取り上げられていてうれしかった記憶があります。
三河武士のやかた家康館
■開館時間:9時00分〜17時00分(入館は16時30分迄)
■休業日:年末年始(12月29日から1月1日迄)
■入館料:中学生以上350円、5歳以上200円
※岡崎城、家康館の2館共通の場合
■入館料:中学生以上500円、5歳以上270円
岡崎公園駐車場
■駐車料金:乗用車100円/30分
バス1100円/3H
■営業時間:8時30分〜21時30分
岡崎城
を後にし、1号線をどんどん西へ。
そして到着したのは
桶狭間古戦場跡
です。
もう名古屋も目と鼻の先。
桶狭間古戦場
の印象。
立地的にはクルマがギュギュンと走る国道1号線をちょいとはずれたところにあるのですが、やはり周辺が都市化しておる為、周りの風景とのギャップというか、そこだけ浮いてる的な感じがあった記憶があります。
思い返せば住宅地の中にポツリとあった気が。
そういった現象がどんどん進むと最終的に平将門の首塚のようになるのでしょう。
また、後で知ったのですが
桶狭間古戦場
と伝えられる場所は2箇所存在しているようで、もう一箇所は名古屋市内にあるそうです。
市内に入り
熱田神宮
へ。
こちらの御神体は
三種の神器
の一、
草薙剣
(
天叢雲剣
)。
信長
が
桶狭間
急襲前に戦勝祈願をしたと言われておりますね。
写真は、その
桶狭間
での大勝後に
信長
が奉納した土塀だそうです。
なにやら日本三大塀の一つだそうな。
熱田神宮
にしても、周囲の都市部とのギャップを結構感じた気がします。
保存すべき場所は残す方針で町割りをするんだけれども、周囲がどんどん発展していくと、そこだけやけに浮いちゃうみたいな感じでしょうか。
熱田神宮
は木々が生い茂っているので拍車をかけてそう感じるんですねぇ。
※自分が田舎モンなのでこういう印象をうけるのでしょうが。
熱田神宮
から
名古屋城
へ。
名古屋城
のあの薄く緑かかった瓦を見たときには、例えるならば有名人に実際会った時のような感じでした。
それまでは写真やらで見ていたのが、実際見てもやっぱ同じだわみたいな。
広い敷地をぐるっと巡り、見どころも満載。
加藤清正
に由来のあると云われる石垣の大石や、普請に関わった大名の刻印入り石垣、忍返しとして使われたという槍の穂が並べられた剣塀などが印象に残っております。
名古屋城
■開館時間:9時00分〜16時30分(入館は16時00分迄)
■休業日:年末年始(12月29日から1月1日迄)
■観覧料:大人500円、中学生以下無料
■駐車場:普通車180円/30分
大型車600円/最初の1時間、その後30分毎
その後、
名古屋城
の南西方向、名古屋駅の西側にある
豊国神社(中村公園)
で休憩。
途中、えらくデカイ鳥居がありました。
デカイ鳥居とか結構色々な場所にあると思いますが、最近では
出雲大社
側の大鳥居が記憶に新しいです。(2005年・夏 山陰方面篇をご期待下さい。)
豊臣秀吉生誕之地
と云われているらしく、石碑も建っております。
また、お隣の
妙行寺
は
加藤清正生誕地
であるらしく、 慶長十五年の
名古屋城天下普請
の折、その余材を貰いうけた
加藤清正
が自分の生誕地であるこの場所に移築したというのが縁起だそうです。
豊国神社
で久々にパレードなどを飲みつつ休憩し、次の目的地
清洲城
へ。
清洲城
は織田家の居城として有名な城であるし、歴史の舞台としては
清洲会議
が開かれた場所であります。
徳川家康
の名古屋築城により廃城せられた(この名古屋遷都を「清洲越し」と呼び、臼引歌に「思いがけない名古屋ができて、花の清洲は野となろう」と唄われた。とのこと)のです。
かつては二重三重の堀を巡らす大城郭だったということですが今現在では城の姿ともども資料が残っていないそうであります。
現在の
清洲城
は平成元年の復元であるだけに、すっきり綺麗な建物になっております。
城内ではからくりの
信長
様が
敦盛
を舞っていたようなそうでなかったような・・・
この赤い橋(
五条川
)を挟んで
清洲公園
があるのですが、ここには
信長
公が
桶狭間合戦
に出陣する姿を模した銅像があります。
清洲城
■開館時間:9時00分〜16時30分
■休業日:年末年始(12月29日から12月31日迄)
■観覧料:大人300円、中学生以下150円
ここで一旦時計と針路確認。
時間は16時をまわっていたのでそろそろ宿と風呂決めの時間になっておりました。
四日目はとりあえず
清洲城
で終了するとして、、、というか、やっぱしこの辺まで来るといろいろと名所だらけでどうしようという思いが巡ってしまいます。
もう、ちょっと足を伸ばすだけで至るところにスポット点在しておるので、絞り込みするしかないんですねぇ。
つくづく、この地方に住んでる人っていいよなぁー。と思ってしまいます。
そして、次は
大垣城
朝一という事に決めて北上を開始。
お湯は北上途中に適当なスーパー銭湯で済ませ、道の駅が2つ連なる157号線を目指します。
ついた頃にはとっくに夜でしたが、四日目に泊まった本巣町は茶人として有名な
古田織部
生誕の地だそうでした。
ここでは本当に水が美味かったのと、星空が綺麗だった記憶がありますねー。
〜五日目〜 岐阜(織部の里・もとす(道の駅)→大垣城→墨俣城→岐阜城)→愛知(犬山城→小牧山→鳳来三河三石(道の駅))
前夜に何気に岐阜入りしておりましたが、五日目朝も爽やかに起床して大垣市まで南下。
大垣城
も
関ヶ原
前夜を想起させるし、朝からテンション高めだったのですが・・なにやら自分が訪れた当時はスポット工事かなんかだったようで、城内の展示が見れませんでした。。。(決して休館日じゃなかったと思う・・)
ということで、城内の散策だけで退散。
大垣城
■開館時間:9時00分〜17時00分(入館は16時30分まで)
■休館日:毎週火曜日(その日が国民の祝日に当たるときは、その翌日)
国民の祝日の翌日(その日が日曜日又は火曜日に当たるときはその翌日とし、その日が月曜日又は土曜日に当たるときは、その翌々日)
年末年始(12月29日から1月3日迄)
■観覧料:大人100円、中学生以下50円
大垣城
攻めの失敗に気を落とす暇もなく、東へ向かい墨俣へ。
墨俣一夜城
といえば、
太閤
の華々しい活躍エピソードの一つとして有名です。
本当であるとか、嘘であるとか、ディティールが違うとかいうことは良く分かりませんので、
蜂須賀小六
と共に筏を流して一夜城を建てたんだなーと勝手に想像し、素直に感動する。
墨俣一夜城歴史資料館
■開館時間:9時00分〜16時30分(入館は16時00分まで)
■休館日:月曜日(当日が祝日のときは、その翌日)
年末年始(12月29日から1月3日迄)
■観覧料:大人200円、中学生以下100円
そして天下に武を布くべく?
岐阜城
へ。
岐阜城
を見たときの印象は、傾斜と標高が結構ありそうなのと、山腹に木々が生い茂る光景にして頂上にある天守という見たこともない光景だったので、こりゃあロープウェイがあるわけだわと思った(内心はロープウェイ自体にちょっと興味津々でもある)のですが、徒歩コースもあるようです。
しかし、今でこそこういった山頂に天守を見上げるという光景はなかなか見られませんが、昔は皆こうだったのだなーという感慨はありますよ。
違う季節の
岐阜城
も見てみたくなりました。
その節は徒歩で登りたいものです。
ロープウェイ降り場から天守までの途中で一枚と、本丸井戸。
岐阜城
内にも資料がありますが、食料庫を改修したという
岐阜城資料館
もすぐそばにあります。
岐阜城
■開館時間:9時00分〜17時30分(3月16日〜7月第3金曜日)
8時30分〜18時30分(7月第3金曜日〜8月31日)
9時00分〜17時30分(9月1日〜10月15日)
9時00分〜16時30分(10月16日〜3月15日)
■休館日:なし(年中無休)
■入場料:大人(16歳以上)200円、16歳〜4歳100円
ロープウェー
■片道:大人600円 小人280円
■往復:大人1050円 小人520円
麓の
岐阜公園
には、
信長居館跡
があります。
ロープウェイ乗り場のお土産屋を物色したのち
犬山城
へ向かいます。
なかなか趣きのあるシブさを感じる国宝城郭・
犬山城
。
つい2年前(平成16年4月)まで個人所有(元和三年(1617年)に
成瀬正成
が城主となって以来、成瀬氏が代々城主を務めてきた)であったというのが驚きです。
別名
白帝城
と呼ばれています。
白帝城
は
三国志
においては
劉備
が死んだ城としてちょいと有名ですが、まさにその
白帝城
に名前の由来があるらしい。命名は
荻生徂徠
とのこと。
次は
小牧山
へと。
信長
没後のストーリーで、
光秀
を討ち、
勝家
を自刃せしめた
賤ヶ岳
(2003年・夏 北陸方面篇、2005年・夏 山陰方面篇をご期待下さい。)から
小牧・長久手の戦い
へと続き、
秀吉
vs
家康
の舞台となったのであります。
織田信雄
の要請を受けた
家康
がこの
小牧山
に陣を置き、先ほどの
犬山城
には
秀吉
側に転向した
池田恒興
親子と
森長可
が入っております。
しかし、池田父子ら立案の岡崎奇襲作戦決行によって、戦場が動き始め最終的には
長久手
での
池田恒興
親子や
森長可
の戦死、
秀吉
方の敗北となります。
麓に市役所があり、市役所側から登っていくと手すりつきの強襲ルートがあったので一気に山頂の歴史館へ。
小牧市歴史館
■開館時間:9時00分〜16時30分
■休館日:木曜日(当日が祝日のときは、その翌日)
年末年始(12月29日から1月3日迄)
■入館料:大人100円、中学生以下30円
小牧・長久手の戦
は戦場が広かったので、関連する場所が付近にいろいろあるのですが、時間との相談もあり、そろそろ地元に帰るかなーとの思案も出てきて帰途につくことに。
とりあえず地図で温泉マークを探して(どこか忘れました。。)温泉に入り、三度
長篠
(
鳳来三河三石
)へ。
振り返ってみると、この第三回ではなかなか行動範囲が広かったわけですが、一人旅行は一人旅行で、地図を確認するのは面倒だけどなかなかいいもんだなーということ、そして五日間のめまぐるしい記憶を振り返りつつ、またも次回の道程を思案しておるのでした。。
第四回目
北東北編
へつづく・・・
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